トイトッキ浜トーチカ

旭浜から海岸線沿いをずーっと北上すると、トイトッキなる地名の場所があります。
十勝支庁のサイトから引用すると
(http://www.tokachi.pref.hokkaido.jp/d-archive/sityousonsi/toyokoro_gaiyou.html)

「トー・エトク」と発音する。
「トー」は「沼」、「エトク」は「……のきわめ……のきわまるところ」の意味で、
「沼のきわ(はて)」「沼に突端」の意味をもつ地名である。

発音を「トー・ライ・エトク」とすると「湿の水たまりの突端」、
地名解にいう「沼水の腐りて黒くなりたるきわめ処」となる。
現地はいずれの解訳もなりたつ湿地帯である。

とのことですが、トー・エトク、トー・ライ・エトクがなんでトイトッキになるねん!
てのは、この場所を調査したときに、訛り言葉でそう聞こえたからというのが、
私の勝手な解釈です。(実際にそういう由来の地名が北海道には結構あるみたいなので)

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コンクリートの塊ばかり見てもつまらないので海です!
写真はトイトッキからもう少し海岸線を進んだ昆布刈石(こぶかりいし)周辺です。
波が良いそうで、サーファーの方も年中訪れている場所です。
(と、サーファーの同僚が言ってました)
高い崖を活かして、パラグライダーなども盛んに楽しまれている場所です。

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トイトッキのトーチカには小さな祠が一緒になっています。
祠は海難防止、大量祈願のためのものかと思われます。
またこの周辺は原生花園となっており、草花はもちろん珍しい野鳥が集まるようです。

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他のトーチカは大体が正方形に近い形ですが(エツキサイトーチカがわかりやすい)
ここのは少し複雑な形となっています

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銃眼は返しが旭浜のものより浅い気がします。
特に厳密な決まりもなく現場対応で作られたからなのかな?

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トイトッキには他にもう一つトーチカがあり、さらにヌタベットトーチカ(消滅したらしい)
十勝太砲陣地とここまで聞くとなんかすごそう?って気になるものの
実際には圧倒的な連合軍の物量を考えると、簡単に突破されてしまうだろう
貧弱な防御線しか張ることはできなかったのでした。

十勝の防御線はトーチカばかりでちょっと飽きてきちゃう内容ですが
根室まで行くと飛行場跡や掩体壕(飛行機の格納庫)などもあるようです。
そのあたりは気が向いたら
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旭浜トーチカ

エツキサイトーチカ群からさらに北へ向かい、舗装道路もなくなった砂利道の先に
旭浜トーチカがあります。本来は二つあるようなのですが?片方のみ見学用に整備されています。
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わかりにくいですが、ウッドチップが敷かれて足元が良く見学しやすく配慮されています。

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その成り立ちを示す案内板

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入り口には蓋がされていて中に入ることはできません。場所柄いたずらされるというよりは、
野生動物に住み着かれては困るからかなあ?

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露出オーバーで銃眼の様子。ここから機関砲や小銃などで相手を狙い、
奥に行くにつれてせまく、手りゅう弾などを防ぐ形がよくわかります。

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階段によってトーチカの上へ登ることもでき、通気口が二か所見えています。
波に洗われる場所でなく、土に埋まったままだったので保存状態は良いトーチカでした。

エツキサイトーチカ群

前回の不時着場を先に進み、海岸まで出ると
数個のトーチカを目にすることができます。
この付近はエツキサイという地名でアイヌ語が語源なのでしょうが
意味はよく分かりません。
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海岸との交点までくると崖から落ちそうなトーチカが迎えてくれます。

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南側にも砂に埋もれたトーチカがあります。
ちょうどサケ釣りシーズンでしたので、
ぽつぽつと竿を出している人がおられました。

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このトーチカも崖の上にあったものが、海岸線の浸食で
このように砂に埋もれてしまったものと思います。

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ギリギリ入口が口を開けています。

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波に削られた肌からは大きな砂利がゴロゴロ入っていることが伺えます。
こんなに大きな砂利がたくさん入っていると、砲弾や爆弾で簡単に破壊されてしまうでしょう。
写真ではわかりにくいですが、鉄筋も入ってなさそうに見えます。
小銃の弾を防ぐのが精一杯だったのではないでしょうか?
とにかく急造で粗雑な造りであることは間違いなさそうです。

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埋もれたトーチカから北を見ると、最初に見たトーチカのほかにもう一個あることがわかります。

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最初に出迎えてくれたトーチカは、ぎりぎりのところで崖の上にあります。
この先、波による浸食が進めば砂浜へ落ちてしまうでしょう。

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こちらはすでに崖から落ちてしまったトーチカ。

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ゆくゆくはこれも砂に埋まるか、波で削られ姿を見ることはできなくなりそうです。

海軍 広尾飛行機不時着場

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前回の野塚トーチカから道道1037を北上し、ごみ処理施設手前付近に
このような案内が立ててあります。
軍用機が何らかのトラブルで不時着できるように整備された場所で、
現在は広尾町営牧場となっています。
矢印が示されていますが、牧場には電気牧柵が張り巡らされており、
特に中を散策できるわけではありません。

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牧場の脇には燃料庫として使われた建物だけが残されています。

野塚トーチカ跡

第二次世界大戦末期、日本軍は連合軍が北海道東部に上陸作戦を行うと想定し、多数の防御陣地を築きました。
実際には沖縄への上陸作戦が行われ、これらの防御陣地は使われることなく終戦を迎えます。
今も北海道東部の根室~釧路~十勝の海岸沿いを中心に、それらの遺構が点在し、当時のことを今に伝えております。
他のサイトでは、非常に詳しい解説と詳細な写真を取り扱っておられる所もございますが、
私なりに写真に収めて、これらの遺構の今を伝えたいと思います。

べつにこれを通して戦争とはなどと語る気はさらさらありません。今と当時では何もかもが違いすぎます。
また防御陣地の写真だけで何かを語ろうなんて土台無理です。
でも戦後70年を経て、いまだにその痕跡が残っているなんてちょっと興味があるでしょ?

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野塚トーチカは広尾シーサイドパークのすぐ近所の防霧林(海霧を緩和するための林)のなかにあります。
現地へ行けばこのような案内が立ててありますが、興味がなければだれも立ち寄らないでしょう。

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2015年秋の暴風、2016年の相次ぐ台風被害によりその周囲はとても荒れています。

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これらトーチカが何であったのか詳しく記載された案内板。

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トーチカの入り口は海からの侵攻を想定して陸側に設けられております。(当たり前)
中の間取りがどうかはわかりませんが、大きさ的には5,6人程度も入れば窮屈そうです。

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トーチカは倒木や草に覆われ、今もまさに朽ちてゆく途中です。

他の場所もいくつか撮影してきたので、暇なときにアップいたしましょう。
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Author:Corsola
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